​英会話は才能なのか|中学浪人だった私が英語脳に辿り着くまでの半世紀

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反復練習によって英会話はできるようになると信じる女性が練習に励んでいる画像

英会話ができる人を見ると、「もともと才能があったのだろう」「頭が良かったから英語ができるようになったのだろう」そう思う人は少なくない。

しかし、少なくとも私自身について言えば、それは事実ではない。

実は私は中学3年生まで、英語を含めてほぼ全教科の成績が振るわず、高校受験にも失敗し、中学浪人という少々珍しい経験までしている。英語が得意だったわけではない。むしろ勉強全般が苦手だったのである。

それでも、その後一念発起して勉強法そのものを見直し、高校受験では200点満点中192点を獲得して城南高校に第二位で合格した。

さらに高校時代には、発音と会話反射はできるのに長文が読めないという壁にぶつかり、英文法や英文解釈と格闘しながら、少しずつ「英語脳」の感覚を身につけていった。

正式なタイトルで関連記事を貼ると、前回の記事『なぜ私は「英語脳」と「独学」に辿り着いたのか|英会話と歩んだ半世紀』でも触れたが、最終的にはイギリスの語学学校で校長自らが謝罪し、授業料の半額返金を申し出るという忘れられない出来事まで経験することになる。

今回は、そんな私の半世紀近い英語学習の歴史を振り返りながら、「英会話は才能なのか」という問いに対する私自身の答えをお話ししたい。

私は才能ゼロの中学浪人だった。それでも英語脳に辿り着けた。結論から言えば、英会話は才能ではなく「反復と語順感覚」で決まる。

💡 この記事でわかること
  • 私が中学浪人から英語を学び直した経緯
  • 発音だけできて長文が読めなかった時代の苦労
  • 英語脳の原型となった学習法
  • リンガフォンで英会話力が飛躍した理由
  • イギリス留学で起きた忘れられない出来事
  • 英会話に才能は必要なのかという私の結論

  1. 私は英語が得意な少年ではなかった
    1. 中学浪人という挫折
    2. 勉強法そのものを変えた
    3. 城南高校に第二位で合格
  2. 英会話だけが先に伸び始めた
    1. ESC九州外語学院との出会い
    2. Dialogのリピート訓練
    3. 発音だけは驚くほど伸びた
    4. 簡単な英会話なら十分できた
  3. しかし長文になると途端に理解できなかった
    1. 発音と理解は別物だった
    2. 英文法との格闘が始まる
    3. 長崎玄弥先生の本との出会い
    4. 英文を語順通りに理解する感覚
  4. TIME誌との格闘が私を鍛えた
    1. 分厚い英和辞典との戦い
    2. 一文読むのに何十分もかかった
    3. 英語だけでなく世界の知識も学んだ
    4. 英語の背景にある歴史への興味
  5. リンガフォンがすべてを結び付けた
    1. Advanced English Courseとの出会い
    2. ほぼ丸暗記するまで繰り返した
    3. 反復が反射神経を作る
    4. 理解と会話が一つになった瞬間
  6. イギリス留学で起きた忘れられない出来事
    1. Cambridge Proficiencyを受験しようとした
    2. 日本では「まだ無理」と言われた
    3. イーストボーンでの面接
    4. 校長 Dorothy Rippon が現れた
    5. 授業料半額返金の申し出
    6. 日本で積み上げた努力が認められた瞬間
  7. 私が半世紀の学習で辿り着いた結論
    1. 「英語は遺伝が5割」という説に対する私の答え
    2. 発音訓練だけでも不十分
    3. 文法理解だけでも不十分
    4. 理解と反射神経の両方が必要
    5. 英語脳は後天的に育てることができる
  8. まとめ
    1. 私は天才ではなかった
    2. 反復と理解の積み重ねが英語力を作った
    3. 英語学習は人生を変える冒険だった
    4. 関連

私は英語が得意な少年ではなかった

中学浪人という挫折

今でこそ英語を不自由なく話し、このようなブログを書いているが、私のスタート地点は決して褒められたものではなかった。中学3年生当時の私は、英語の成績はもちろん、ほぼ全教科においてどん底の状態だった。結果として当時の高校受験に失敗し、「中学浪人」という、周囲でも極めて稀な挫折を味わうことになったのである。

勉強法そのものを変えた

「二浪は絶対に許されない」という危機感の中、私はそれまでの自分のいい加減な姿勢をすべて捨て去った。取り組んだのは、闇雲に参考書を解くことではなく、勉強法そのものの見直し、とりわけ「徹底的な時間管理」だった。

受験に必要な5科目(英数国理社)のスケジュールを細かく組み立て、一つずつ、サボらずに知識を身につけていくプロセスを確立していったのだ。

城南高校に第二位で合格

地道な努力と時間管理が実を結び、翌年の高校入試では200点満点中192点という高得点を叩き出すことができた。

そして、福岡の名門である城南高校に「第二位」という信じられない成績で合格を果たした。この時、私は「正しい方法で管理し、積み重ねれば、過去の劣等感などいくらでも覆せる」という真理を学んだ。

英会話だけが先に伸び始めた

ESC九州外語学院との出会い

高校へ入学した私は、さらなる学びを求めて、当時福岡にあった「ESC九州外語学院」へ通い始める。これが私の英語人生における大きな転換期となった。

Dialogのリピート訓練

学校の英語授業といえば、文法訳読式で教科書を日本語に直す地味なものだったが、ESCでの訓練は全く違っていた。ネイティブの音声の後に続いて、ひたすらDialog(対話文)を声に出してリピートする。頭で小難しい理屈を考える前に、まず「音」をそのまま体に取り込む訓練だった。この泥臭い練習が、私には楽しくて仕方がなかったのだ。

発音だけは驚くほど伸びた

リピート訓練を夢中で繰り返しているうちに、私の耳と口の筋肉に劇的な変化が起きた。気がつけば、発音だけはまるでネイティブレベルと変わらないほどにまで上達していたのである。音をそのままコピーする回路が、私の脳内に作られ始めていた。

簡単な英会話なら十分できた

発音が良くなり、Dialogがそのまま口から飛び出すようになったおかげで、日常的な簡単な受け答えや英会話なら、何も躊躇することなく自然にこなせるようになっていた。「自分は英語が話せている」という強い自信が、この時に芽生えた。

しかし長文になると途端に理解できなかった

発音と理解は別物だった

だが、世の中そんなに甘くはない。簡単な会話やお決まりのフレーズは流暢に話せるのに、学校の教科書や試験に出てくる「複雑な長文」を前にすると、途端にフリーズしてしまうという深刻な壁にぶつかったのである。綺麗に発音できることと、複雑な構造の英文を正しく理解することは、全くの別物だったのだ。

英文法との格闘が始まる

学校で行われる、関係代名詞や分詞構文が複雑に絡み合った「英文解釈」の授業にはからっきし歯が立たなかった。「このままでは、ただの『発音のいいハリボテ』になってしまう」という焦りから、私は英文法ともう一度正面から格闘することを決意した。

長崎玄弥先生の本との出会い

そんな模索の中で出会ったのが、長崎玄弥先生の著書『奇跡の英文法』をはじめとする名著たちだった。学校の退屈な授業とは違い、長崎先生の本には「なぜその語順になるのか」「英語を話す人々は世界をどう捉えているのか」が極めて明快に説かれており、私はそれを貪るように読み漁った。

長崎玄弥先生の著書「奇跡の英単語」の実写

高校生時代以降も愛用した英文法書とCDの実写。

(これがその長崎玄弥先生の著書)

 

英文を語順通りに理解する感覚

ここでようやく、私の頭の中に現在の「英語脳」の原点となる感覚が育っていった。それは、**「英文を日本語の語順にひっくり返して(返り読みして)訳すのではなく、英語の語順のまま、左から右へダイレクトに頭に染み込ませる」**という感覚である。この英文法という骨組みが、先に育っていた発音の肉体と結びつき始めたのだ。

TIME誌との格闘が私を鍛えた

分厚い英和辞典との戦い

英語の語順通りに読む感覚をさらに強固なものにするため、私は実践の場として米国のニュース雑誌『TIME』を読むという無謀とも言える挑戦を自らに課した。当時の私にとっては、出てくる単語も構文もあまりに高度で、机の上に分厚い英和辞典を広げ、絶望的な気持ちになりながらページをめくる日々だった。

雑誌「TIME」の勉強用教材に付いていたカセットテープの実写

(これは雑誌「TIME」の勉強用に付いていたカセットテープ)

(擦り切れるほど使ったリーダーズ英和辞典)

英語図鑑大辞典とロングマンの英英辞典

(こちらはロングマンの英英辞典と英語図鑑大辞典)

 

一文読むのに何十分もかかった

冗長で洗練されたTIME誌の英語は、たった一文を正確に読み解くだけで何十分もかかることがザラだった。カセットテープのように巻き戻すこともできない活字との戦いは、孤独で、脳が千切れるほどの負荷がかかったが、この泥臭い格闘こそが私の「英語体力」を圧倒的に鍛え上げてくれた。

英語だけでなく世界の知識も学んだ

苦労してTIME誌を読み進めるうちに、単なる語学の枠を超えて、世界で今何が起きているのかという生きた時事問題や政治、経済の知識がどんどん頭に流れ込んできた。辞書を引く苦痛は、いつしか「世界のリアルタイムを知る興奮」へと変わっていった。

英語の背景にある歴史への興味

さらに、記事の背後にある欧米の歴史やキリスト教的な価値観、文化的な背景に対する強い興味も湧いてきた。ただ言葉の表面をなぞるのではなく、その背景にある「教養」に触れたことで、私の英語に対する理解の深さは、それまでとは比べものにならない次元へと引き上げられたのである。

リンガフォンがすべてを結び付けた

Advanced English Courseとの出会い

こうして「耳と口の反射(ESC)」と「語順通りの教養・文法(長崎玄弥先生&TIME誌)」という土台ができたとき、私の一大集大成となる教材に出会う。それが『リンガフォン Advanced English Course(上級コース)』だった。

私が昔使ったリンガフォン Advanced English Course の本と付属のカセットテープの写真

(これがAdvanced English Course)

 

ほぼ丸暗記するまで繰り返した

この教材に収録されている、格調高く、かつ実践的な英文の数々を、私はラジカセの前でほぼ丸暗記するまで徹底的に繰り返し練習した。擦り切れるほどカセットテープを回し、スピーカーから流れる速度に自分の口を完全にシンクロさせていった。

反復が反射神経を作る

理解した英文を、さらに何百回、何千回と口に出す。この狂気とも言える「反復」こそが、脳内に強固な「反射神経」を作り出す。意味を考えてから組み立てるのではなく、状況に応じて適切な英文が「勝手に口から滑り出てくる」というレベルにまで自分を追い込んだ。

理解と会話が一つになった瞬間

ここで、これまでバラバラに鍛えてきたすべての点と線が、完全に一つに結びついた。TIME誌で培った深い理解力と、ESCやリンガフォンで鍛え上げた会話反射がガッチリと噛み合い、私の頭の中に完璧な「英語脳」が完成した瞬間だった。

イギリス留学で起きた忘れられない出来事

Cambridge Proficiencyを受験しようとした

この英語脳を携えて、私は後にイギリスへ留学することになる。現地での目標は、ケンブリッジ英語検定の中でもネイティブ上級レベルとされる最高峰の資格『Cambridge Proficiency(CPE)』の受験、そして合格だった。

日本では「まだ無理」と言われた

しかし、渡英前に日本国内の代理店などを通じて問い合わせた際には、「日本人の実力では、現地で10年必死に勉強しても絶対に無理だから諦めなさい」と、にべもなく門前払いされるような扱いを受けていた。それが当時の日本の英語教育における「常識」だったのだ。

イーストボーンでの面接

納得がいかないまま、私は現地の語学学校「イーストボーン・スクール・オブ・イングリッシュ」へ乗り込み、クラス分けとコース受講のための面接に臨んだ。面接官であるプロのイギリス人講師を前に、私は日本で作り上げてきた「二つの歯車」を全力で回して英語を話した。

校長 Dorothy Rippon が現れた

私の英語を聴いた面接官の目の色が変わった。すぐに奥の校長室から、Dorothy Rippon(ドロシー・リッポン)校長先生が直々にすっ飛んできたのである。校長は私のよどみない英語、ネイティブのような発音、そして論理的な受け答えをじっと聴いていた。

授業料半額返金の申し出

そして校長先生は私に向かってこう言った。「私たちの日本支部が、あなたに対して大変な無礼と間違った案内をしてしまった。あなたに普通の授業は必要ありません。明日からすぐに最上級クラス(CPE対策コース)に入ってください。そして、余計に受け取ってしまっていた授業料の半分を、今ここで返金します」と、深く頭を下げたのだ。

日本で積み上げた努力が認められた瞬間

かつて中学浪人をして、勉強が全くできずに泣いていた男が、日本の自室でラジカセと辞書だけを相棒に積み上げてきた泥臭い独学が、本場イギリスの最高峰のプロに完璧に認められた瞬間だった。胸の奥から熱いものが込み上げ、ラジカセの前で過ごした膨大な時間がすべて報われた気がした。

私が半世紀の学習で辿り着いた結論

「英語は遺伝が5割」という説に対する私の答え

昨今の行動遺伝学や脳科学の研究では、「外国語の習得スキルの50%は遺伝や生まれつきの脳の構造で決まる」というデータが発表され、英語学習業界の不都合な真実として語られることがある。確かに、生まれつき音を拾うのが得意な人や、記憶力が抜群に良い人など、「初期値としての才能の差」は存在するのかもしれない。

しかし、半世紀近く英語と格闘し、底辺からイギリス人を驚かせるまでになった私から言わせれば、そのデータは**「残りの50%の環境と学習法を極めれば、遺伝の壁などいくらでもブチ破れる」**という証明でしかない。才能を理由に諦めるのは、あまりにももったいないことだ。

発音訓練だけでも不十分

英会話を習得する上で、ただネイティブの真似をして「発音」や「フレーズ」を覚えるだけでは、ある一定のレベルで必ず頭打ちになる。それは、複雑な思考を伝えるための「骨組み」がないからだ。

文法理解だけでも不十分

逆に、学校の試験のように「英文法」や「解釈」ばかりを机の上で勉強していても、いざ実戦の場で口から言葉が出てこない。それは、知識を音に変える「筋肉(反射神経)」が育っていないからだ。

理解と反射神経の両方が必要

英会話の本質とは、**「英語の語順通りに論理を構築する文法理解(教養)」**という歯車と、**「瞬時にそれを口から音として飛び出させる反射神経(反復)」**という歯車が、寸分の狂いもなくガッチリと噛み合って高速回転することである。このどちらが欠けても、本物の英会話力にはならない。

英語脳は後天的に育てることができる

そして最も大切な事実は、この「二つの歯車」は、生まれつきの才能などではなく、**後天的なトレーニングによって誰の頭の中にも絶対に構築できる**ということだ。15歳まで全教科どん底で中学浪人した私にできたのだから、あなたにできないはずがないのである。

では、今の時代のあなたは何をすべきか!?………こちらの記事で詳しく解説している。

👉️ 英会話が話せるようになった最大の理由は「反復」だった|AIも翻訳アプリもない時代の独学法

👉️ ​なぜ幼児は文法を知らなくても話せるのか|私が50年の英語学習で辿り着いた結論

 

まとめ

私は天才ではなかった

振り返ってみても、やはり私は語学の天才でもなければ、何かに恵まれた人間でもなかった。ただ人より少しだけ、中学浪人という強烈な挫折を味わった時期が早かっただけだ。だからこそ、おのれの無力を知り、必死に方法論を探すことができた。

反復と理解の積み重ねが英語力を作った

私の英会話力を支えているのは、ESCでのDialogリピート、長崎先生の文法書、TIME誌との格闘、そしてリンガフォンの丸暗記という、どこまでも愚直で地道な「反復と理解の積み重ね」だけである。これらが組み合わさった時、初めて遺伝や才能といったハンデを無力化する「英語脳」が完成する。

英語学習は人生を変える冒険だった

半世紀前、AIもネットもない時代に、ラジカセと辞書だけで始めた私の英語学習は、私の人生を大きく変え、イギリスでのあの奇跡的な感動へと連れて行ってくれた。そして71歳になった今でも、私の人生を豊かに支え続けてくれている。

「自分には才能がない」と、スマホの前で立ち止まっている暇はない。現代には、私が半世紀かけて試行錯誤した「二つの歯車」を、最初から理想的な形で同時に回せる素晴らしいデジタル教材(私が愛用しているYouCanSpeakなど)や環境がいくらでも揃っている。

必要なのは、才能ではなく、あなたのほんの少しの一歩と、口の筋肉が覚えるまで「素振り」を繰り返す愚直な情熱だけだ。その情熱の先に、あなたの人生を大きく変える素晴らしい冒険が待っていることを、私は心の底から応援している。

英会話が私にもたらしてくれた出来事はこちらの記事に書いています。

​👉️ 英会話が人生を変えた|中学浪人だった私が世界で出会った予想外のチャンス

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